
今日は少し毛色の違うお話を。
実は先日、私の両親が詐欺に遭いそうになりました。
間一髪の未遂で済みましたが、そこから見えてきた「ある感情」について書きたいと思います。
実家に怪しい電話
事の発端は、実家の固定電話にかかってきた一本の電話。
「郵便物の配送があるので、電話のボタンを操作してほしい」という不審な内容でした。
これを受けた父はすっかり信じ込み、母に「すぐ最寄りの郵便局へ荷物を取りに行け!」と指示。
しかし、母が郵便局に直接問い合わせた結果、一連の連絡は巧妙な詐欺だと判明したのです。
顛末を聞いた私はすぐに「なんかおかしい」と感じました。
そもそも荷物の伝票に自宅の固定電話を書くことは稀ですし、問い合わせ番号も知らされていない。
さらに、父が操作にもたもたしているうちに電話が一方的に切れたという、ツッコミどころ満載の手口です。
それでも父は、信じて疑いませんでした。
年間数百億円にも上ると言われている詐欺被害。
こうやって引っかかる人が全国のあちこちにいるのだと、妙に納得してしまいました。
プライドは時には邪魔になる
今回、私が最も気になったのは「父と母の反応の違い」です。
私が「冷静になって考えてみて」と伝えると、母は割とすんなり落ち着きを取り戻しました。
しかし、父はずっと慌てふためき、どこか頑なだったのです。
息子にダメ出しされることを、彼のプライドが許さなかったのでしょうか。
それとも、本人の生来の気の小ささから来るものだったのでしょうか。
父の姿を見て、私も含めた男性には、時に邪魔になる厄介なプライドがあるような気がしてなりません。
緊急事態に直面したとき、この余計なプライドが邪魔をして早合点し、結果的に割を食うことになります。
もちろん、アンスリウムの生産など、仕事において質の高いものを作るためのプライドは絶対に必要です。
しかし、日常生活のトラブルや人間関係において、多くの場合そのプライドは邪魔なだけです。
「自分も年を重ねれば、同じように無駄なプライドを振りかざしてしまうかもしれない」
今回の詐欺未遂事件は、そんな自戒の念を抱かせる出来事でした。
自分の身幅をわきまえ、過信せず、フラットな視点を持って今後も生きていきたいと強く思いました
皆さんも、不審な電話と、自分の心に潜むプライドには十分ご注意ください。