
この記事を書いている2026年2月7日。
今、日本中が選挙の話題で持ちきりです。
街角やテレビで「国防」「日本の防衛」といった話がちょいちょい出てきますね。
覚醒した小泉さんが国会で頑張ってくれています。
もちろん国を守る議論は大切ですが、ちょっと思うところがありました。
私が今日お伝いしたいのはもっと身近で、もっと切実な「個人の防衛」についてです。
私たちが直面している現実を直視したとき、果たして「誰かが自分を守ってくれる」なんて平和なことを言っていられるでしょうか。
「いじめ」という戦場:抑止力を持たない悲劇
うちの長男は発達に遅れがあります。
なので、今後小学校の学年が上がる中で何らかの「いじめ」に巻き込まれることを懸念します。
「いじめをなくそう」というスローガンは美しく響きますが、現実としていじめは無くなりません。
人間の集団心理がある限り、ターゲットを見つけて排斥する動きは本能レベルで存在し続けてしまうからです。
ここで問題なのは、日本のいじめ対策の「ズレ」です。
海外では、いじめる側を「精神的な問題を抱えたケアすべき対象」と見なし、周囲が速やかにカウンセリングや専門機関へ繋ぐケースが多々あります。
つまり「加害者の異常性」にスポットを当てるのです。
日本はいじめられた側をケアする的外れさがある
しかし日本ではどうでしょう。
なぜか「いじめられた側」をケアし、学校を休ませたり、心の傷を癒やしたりすることに終始します。
加害者は大したペナルティも受けず、のうのうと学校生活を続けている。
学校の先生も、実際には法的権限を持ちません
加害者の反発を恐れて有効な手立てを打てないことがほとんどです。
今後、日本が経済的な貧困化を辿れば、大人も子供も心に余裕をなくします。
その腹いせとしての「いじめ」はさらに加速するでしょう。
では、どうすればいいのか。
私は、本質的な防衛は「いじめたら損をする」という抑止力になることだと考えています。
ICレコーダーや防犯ブザーを持たせるのも一つの手です。
でも、それらは取り上げられたり壊されたりすれば無力です。
だからこそ、日頃から筋トレや護身術に触れ、「いざとなったら相手に手痛い反撃ができる力」を養うべきだと考えています。
決して暴力を振るえと言っているわけではありません。
「暴力を振るえる力を持っているが、あえて振るわない」という圧倒的な自信。
そういえば、誰かが「筋肉はすべての問題を解決する」とか言ってた人がいますよね?
それこそが、学生という閉鎖的な環境で、いじめのターゲットから外れるための最大の防衛になります。
「誰かに守ってもらう」という甘えを捨て、自分の身は自分で守る。
この覚悟こそが、今の日本を生き抜く防衛の第一歩です。
誰もあなたを守ってくれないという現実
とはいえ社会に出ると、暴力行為はそのまま自身への仇になります。
だから、先述の内容はあくまで学生の間でのみ効くと思っています。
でも学生の間でなら十分に効果を発揮してくれるはずですね。
こういう割り切った考え方も必要な気がします。
自分の身は自分で守る。
この選挙で議論されている防衛論を、ぜひ「自分自身の守り方」に置き換えて考えてみてもらいたいと思います。
次回の後編では、この「したたかな生存戦略」を、私がプロとして育てている「植物」たちから学びたいと思います。
動けないはずの植物が、どうやって過酷な環境から自分を守っているのか。
私たちの人生にも大きなヒントをくれるはずです。