前編では、倒産した社長の「隠し通す美学」について触れました。
しかし、どれだけ人間がポーカーフェイスを貫いても、「数字」と「モノの動き」は嘘をつきません。
特に農業界において、経営難の予兆は非常にシビアな形で現れます。
今日は、一般のビジネス書には載っていない「農園が危ない時のシグナル」について、業界の裏話を交えてお話しします。
請求書よりも早い「危険信号」
一般的な企業取引であれば、倒産の予兆は以下のような形で現れます。
- 請求書の支払いが遅れる
- 連絡がつきにくくなる
- 社長の人付き合いが悪くなる
これは取引先であれば気づけます。
しかし、直接金銭のやり取りがない「同業者の農園」の異変には、なかなか気づけません。
では、どこを見るか? 一番わかりやすい変化は、「卸売市場への出荷量が減る」ことです。
ただ、これだけでは決定的ではありません。
「今年は天候不順で出来が悪かったのかな?」「売り先を変えたのかな?」
という可能性も残るからです。
決定打は「仕入れ」が止まること
以前、ベテランの同業者から聞いた話があります。
「本当の終わりは、苗の仕入れが止まった時だ」と。
農業は、今日種をまいて明日収穫できるビジネスではありません。
来年、再来年に商品を売るためには、「今」仕入れをしなければならないのです。
- 仕入れが徐々に減る = 黄色信号(縮小均衡)
- 仕入れがピタッと止まる = 赤信号(撤退準備)
当たり前のことですが、商売を続ける気があるなら、未来への投資(仕入れ)は止められません。
逆に言えば、「未来を捨てた」瞬間に、仕入れは止まるのです。
卸売市場は全てを見ている
恐ろしいのは、この予兆に卸売市場(市場関係者)が誰よりも早く気づくということです。
市場の担当者たちは非常にシビアです。
彼らは「今後も長期的に安定供給してくれる生産者」と付き合いたいと考えています。
だからこそ、「あそこの農園、来年の苗を入れてないらしいぞ」という情報は、市場間のネットワークであっという間に共有されます。
生産者がどれだけ「いやいや、大丈夫ですよ」と笑顔で隠そうとしても、「来年の弾(タマ)」を持っていない生産者からは、市場はサッと潮が引くように去っていくのです。
アンスリウム農家の「止め時」の難しさ
私が育てているアンスリウムの場合、苗を仕入れてから商品になるまで1〜2年かかります。
昔、両親からこの話を聞いた時、私はこう思いました。
「1〜2年後のために仕入れるってことは、止める時も2年がかりか。止め時が難しくて大変だなあ」
当時は呑気に考えていましたが、経営者となった今、その「重み」を痛感します。
一度歯車が狂うと、立て直すのにも、撤退するのにも、長い時間がかかるのが農業です。
乱世を生き抜くために
幸い、ウチの農園はまだ来年以降の苗を発注できています。
この「普通のサイクル」を続けられることが、どれほどラッキーなことか。
とはいえ、ダラダラと儲からない仕事を続けるのも、世の中のためにはなりません。
時には思い切った「切り替え」も必要でしょう。
市場の動向や予兆を察知し、世の中が何を求めているのかを敏感に感じ取る。
この乱世を生き抜くためには、植物を育てる繊細さと、経営者としてのしたたかさの両方が必要なのだと思います。